雪の便りも届く頃となりました。
お久しぶりです。お元気ですか。
11月。
書きかけた綴りの断片が、ピアノと机にずっと散らばっています。
(私はキーボードと手書きの二刀流。両方ないと書けません。)
うまくまとめられないまま、このままだとたぶん、年が明けても
書けない気がする、ううむ。
以下、ご報告、にもならない独り言で恐縮です。
* * *
関ヶ原での公演を終えた翌日。
興奮が抜けない心を静めようと、滋賀へ向かいました。
☆生誕100年 特別展:白洲正子「神と仏、自然への祈り」
滋賀県立近代美術館 ※会期終了
集められた神像、仏像、絵巻物の間を、茫然とさまよう。
3月に訪れたパリ、ランスと、時空が、腹のなかで繋がってしまっている。
* * *
太古から人は、かみさまがいると信じてきた。
そのことが、ふいに腑に落ちた瞬間。
祈りの根幹の、まるでお米の一粒のような、麦の一粒のような、
芳しい存在。
それは、西も東も、変わりはしない。
* * *
かみさまの名前が、変えられる時。
(まだ表層的な感覚でしかないが、本地垂迹の思想と、ゴシック大聖堂成立の思想は、重なる部分がとても多いように思う。
それは世界が、肥大しようと身を捩じる、その地響きから生まれたもののように思う。
身動きが取れなくなった時、いつも根源への憧憬が歌われる。)
二つの名の狭間に、人の祈りを受けて立つ像。
西でも東でも、それは鳥のように自由で、リズムに満ち、かつ、静かだと思った。
* * *
美術館をでて、矢橋の里を抜け、琵琶湖へ。
湖岸道路を北上。左腕に琵琶湖をじっと感じながら、車を走らせる。
時々車を停めて、水に向き合う。
風のない日で、トロンと凪いだ湖面は眠っているようだった。
湖底に隠された珠。それも今は眠っている。
そういえば去年の11月も、この水を眺めたなあ。
大切な人たちと一緒だった。
なぜ、ここに、こんなにも魅かれるのだろう。
その答えは、ずっと出さずにいたいと思う。
2010年07月12日
夏へ
「自分がカテドラルを建てる人間にならなければ、意味がない。できあがったカテドラルのなかに、ぬくぬくと自分の席を得ようとする人間になってはだめだ」
「大聖堂まで」ヴェネツィアの宿『須賀敦子全集2』
いつも書物に支えられている。
けれども、これほど真っ直ぐに、今の今に突き刺さる矢のような言葉に出会うことは、滅多にないだろう。
(CDG空港へ向かうRERの中、私の心に重くのしかかっていたこと。
そう、ここを本当に乗り越えなければ、意味がないのだ。)
その「滅多にないこと」が、この頃はとてもよく起こる。
本を開くと、まるで風穴に吸い込まれていくように、あちらの世界へ。
扉の意識もいらぬほど。
「世界が、こちらの知らぬ間に、足もとのモグラの穴のように、網の目につながっているような気がしました。」
「ゲットのことなど」 同書
* * *
3月の風はまだ切るように冷たかった。
ランスの大聖堂を前に、固まらないゼリーみたいだった私。
感動だけでは、やっぱりどうにもならないのだ。
わからないことが、多すぎる。
決心を積み重ね、日々を積み重ね。
本を開く。
* * *
けれど楽譜には深い深い霧がたちこめていて。
指よ起きろ。
音楽への同時通訳が、混線している。
* * *
お久しぶりです。お元気ですか。
しばらくこの綴りから離れている間に、これまでに経験のない、新しいお仕事を頂いたりしました。
(素晴らしい時間でした。またあたらめて書きますね。)
読書のみならず、今年は何かと思いがけないことが起こります。
一瞬、一瞬。
夏はまた、色々と素敵な計画があります☆
梅雨明け待たれるこの頃、皆さまどうぞお身体お大切に。
posted by K10 at 05:19| カテドラル
2010年06月21日
2010年05月23日
リルケ
テクニックとはなにか。
船、だと思う。
変容する時へ、流れ、運んでいく。
あなたを、のせて。
あなたがたを、のせて。
テクニックとは、本物の優しさや、良心なのだと、
私はパリで教えられた。
大聖堂の空間に、上昇と圧とを同時に感じ、
静寂と大音声とが、一緒に私を包んだ時。
* * *
では、パンクとは。
船なんか、存在も知らないで、混沌に飛びこむことだ。
その傷。
美しくはないか?愛おしくはないか?
私は、愛おしい。そして、美しくて涙がでる。
* * *
リルケの詩集は、子供じみた私に、あまりにも厳しい。
薔薇よ。
その内部を、私もあらわさなければならないのに。
* * *
船、だと思う。
変容する時へ、流れ、運んでいく。
あなたを、のせて。
あなたがたを、のせて。
テクニックとは、本物の優しさや、良心なのだと、
私はパリで教えられた。
大聖堂の空間に、上昇と圧とを同時に感じ、
静寂と大音声とが、一緒に私を包んだ時。
* * *
では、パンクとは。
船なんか、存在も知らないで、混沌に飛びこむことだ。
その傷。
美しくはないか?愛おしくはないか?
私は、愛おしい。そして、美しくて涙がでる。
* * *
リルケの詩集は、子供じみた私に、あまりにも厳しい。
薔薇よ。
その内部を、私もあらわさなければならないのに。
* * *
ピアノの練習
夏がハミングで歌う。午後が物憂い。
彼女は戸惑いつつ真新しい服の香りを吸い込み
そして現実を求める苛立ちを
それにふさわしい練習曲に注ぎ込んだ、
その現実は明日にも、今晩にも来るかも知れなかった―、
あるいはもう来ているが、ただ隠されているのかも知れなかった、
そして高く全てに欠けるところのない窓の前に
彼女は不意に贅沢な庭園を感じた
そこで彼女は演奏をやめた、窓外を眺め、
手を組合せ、長い書物を読みたいと願った―
そして突然ジャスミンの香りに立腹して
押し退けた。彼女はその香りに侮辱されたと思った。
新詩集 別巻『新訳リルケ詩集』訳:富岡近雄 郁文堂
posted by K10 at 02:31| カテドラル
2010年05月16日
本とともに
* * *
須賀敦子全集第1巻『ミラノ 霧の風景』『コルシア書店の仲間たち』『旅のあいまに』を読む。
リサイタル《カテドラル》に向かう大切な術として、取り寄せ少しずつ読み進めている本たち。
須賀氏の本は、そのなかの1冊だった。
人生において、消し去ることのできない軌跡を残す「時」について。
私の「今」が、読み進んでいるその瞬間しゅんかんに、ひしひしと感じられた。
これは、出会うべき時に出会うべき存在に出会ったという、証なのだと思う。
各々の時間は、各々にのみ与えられている。けれど、思いも及ばぬ程に多くの人、事象と、それは絡まり合っていく。
この混沌こそ、詩であろう。泉であろう。
問いは、背骨の螺旋を巡り続ける。
* * *
パリで出会った聡明な若者は、灰青色のマントが風になびいているような清々しさを持っていた。
(ルーブルのカフェは、魔法の交差点だったのかもしれない。)
帰国後、その人が教えてくれた本を読んだ。
読書中あらわれた、「年若い私」に驚いた。
かつて自身が抱いた様々な感情は、流れ去ってはおらず、硬い殻に包まれた種の柔らかな核のように、「今の私」のなかに存在していた。
そして「懐かしむ」という感情を、いつのまにか、自分が持っていたことに気づかされたのだった。
* * *
音楽という枠を超えて、と書いたところで、その線を引いているのは、私自身だとまた気づく。
昨年以降、私の活動域は、ひとりでは想像できぬ地点へ、あちらこちらへ、飛び散っている。
それは、すべて素晴らしい導き手があってのことだ。
ヤオヨロズ、向かい合って微笑む友のなかにも、神はいる。
* * *
5月の連休は、四国の山のなかで過ごした。
そこはカミノヤマ、ダイダラボッチは、たしかにいた。
休校となった小学校の、校舎を出ると目の前に、壁のようにそびえる山々。
止まった時のなかに、その気配を感じたのだ。
(ここでの話は、またあらためて書きたいと思う。)
そこで出会った、森の精霊のような女性からバトンされた本。
私から、持ち主へ帰るのか。
それとも?
* * *
祝福された制作。
珍しく話し込んだ電話の後、久しぶりに折口信夫を手に布団に入り、身毒丸と旅をした。
ニッキの、強い香りに出会う場所まで。
須賀敦子全集第1巻『ミラノ 霧の風景』『コルシア書店の仲間たち』『旅のあいまに』を読む。
リサイタル《カテドラル》に向かう大切な術として、取り寄せ少しずつ読み進めている本たち。
須賀氏の本は、そのなかの1冊だった。
人生において、消し去ることのできない軌跡を残す「時」について。
私の「今」が、読み進んでいるその瞬間しゅんかんに、ひしひしと感じられた。
これは、出会うべき時に出会うべき存在に出会ったという、証なのだと思う。
各々の時間は、各々にのみ与えられている。けれど、思いも及ばぬ程に多くの人、事象と、それは絡まり合っていく。
この混沌こそ、詩であろう。泉であろう。
問いは、背骨の螺旋を巡り続ける。
* * *
パリで出会った聡明な若者は、灰青色のマントが風になびいているような清々しさを持っていた。
(ルーブルのカフェは、魔法の交差点だったのかもしれない。)
帰国後、その人が教えてくれた本を読んだ。
読書中あらわれた、「年若い私」に驚いた。
かつて自身が抱いた様々な感情は、流れ去ってはおらず、硬い殻に包まれた種の柔らかな核のように、「今の私」のなかに存在していた。
そして「懐かしむ」という感情を、いつのまにか、自分が持っていたことに気づかされたのだった。
* * *
音楽という枠を超えて、と書いたところで、その線を引いているのは、私自身だとまた気づく。
昨年以降、私の活動域は、ひとりでは想像できぬ地点へ、あちらこちらへ、飛び散っている。
それは、すべて素晴らしい導き手があってのことだ。
ヤオヨロズ、向かい合って微笑む友のなかにも、神はいる。
* * *
5月の連休は、四国の山のなかで過ごした。
そこはカミノヤマ、ダイダラボッチは、たしかにいた。
休校となった小学校の、校舎を出ると目の前に、壁のようにそびえる山々。
止まった時のなかに、その気配を感じたのだ。
(ここでの話は、またあらためて書きたいと思う。)
そこで出会った、森の精霊のような女性からバトンされた本。
私から、持ち主へ帰るのか。
それとも?
* * *
祝福された制作。
珍しく話し込んだ電話の後、久しぶりに折口信夫を手に布団に入り、身毒丸と旅をした。
ニッキの、強い香りに出会う場所まで。
posted by K10 at 01:33| カテドラル
2010年04月22日
《死の舞踏》から《カテドラル》へ
2006年のリサイタル《死の舞踏》。
その準備期間からすでに、この次うたうべき主題の存在は感じていた。
まだ、靄のようではあったけれど。
2007年早春、火の玉のような若き芸術家から届いた絵葉書によって、その主題に、とてもしっくりと名前がついた。
リサイタル《カテドラル》。
その後ふいに、プログラムがほぼ完成された形で浮かび上がった。
ただ、なぜそのような形なのか、その時はわからなかった。
いつも、理解は後から少しずつ訪れる。
まるで露が結ばれるように。
* * *
カテドラルを感じたくて、パリへ行くことにした。12年ぶりの都。
この3月上旬、慌ただしく旅支度をする私のもとに届いた本。
『「死の舞踏」への旅 踊る骸骨たちをたずねて』
著:小池寿子 中央公論新社
「死の舞踏」研究に四半世紀を過ごす著者が、今ひとたび巡礼の旅にでる。
再訪の時。
なんだか不思議なタイミングだ。運命的、といっては少し大袈裟だけれど。
そして、パリでも、不思議な出会いはずっと続いたのだった。
* * *
リサイタル《死の舞踏》の準備期間中は、小池氏の著作をしみじみと傍らに置き過ごしたものだった。
そして導かれるように、ピサへ。
かつてF.リストも観たという、カンポサント(共同墓地)の壁画「死の勝利」と向き合うために。
白髪をなびかせ、大鎌を振り上げて生者を狩る死神。
その猛々しくも美しい姿に、私はリスト自身の姿をみた。
(おそらく、リストも、自分の姿を重ねただろう)
* * *
この度パリに行くまで、リサイタル《死の舞踏》と《カテドラル》を、私は対になる作品だと思っていた。
宗教社会学でいうところの「左と右の聖なるもの」、不浄で不吉な聖性が左極、清純で吉なる聖性が右極。
これを、とても平板に考えていたのだ。
今、それは豊かに混ざり合った存在として私の胸にある。
ロダン美術館。大理石の肌には、触れずとも確かな熱があった。
大聖堂のステンドグラスは、世紀を超えて太陽とともに生き、燃える。
そして、ルーブルという大海。
芸術をふくむ地球のすべては歴史であり、歴史はこの星のかたちと同じに丸い。その実感。
これまで、歴史を帯のように感じていた私に、この意識変化はなかなかに大きなものだ。
* * *
微熱のまま旅の思い出を語る私に、じっと聞いていた友は言った。
「祝福された旅だったのね。」
美しい彼女の眼が、一層うつくしく輝いていた。
ありがとう。
あなたの言葉で、またそれは祝福されました。
* * *
これを弾くということ。
自身でカテドラルを築くなど、いったい、私にできるのだろうか。
帰国の日シャルル・ド・ゴール空港へ向かうRERのなかから、ずっとその重さを抱え続けている。
その準備期間からすでに、この次うたうべき主題の存在は感じていた。
まだ、靄のようではあったけれど。
2007年早春、火の玉のような若き芸術家から届いた絵葉書によって、その主題に、とてもしっくりと名前がついた。
リサイタル《カテドラル》。
その後ふいに、プログラムがほぼ完成された形で浮かび上がった。
ただ、なぜそのような形なのか、その時はわからなかった。
いつも、理解は後から少しずつ訪れる。
まるで露が結ばれるように。
* * *
カテドラルを感じたくて、パリへ行くことにした。12年ぶりの都。
この3月上旬、慌ただしく旅支度をする私のもとに届いた本。
『「死の舞踏」への旅 踊る骸骨たちをたずねて』
著:小池寿子 中央公論新社
「死の舞踏」研究に四半世紀を過ごす著者が、今ひとたび巡礼の旅にでる。
再訪の時。
なんだか不思議なタイミングだ。運命的、といっては少し大袈裟だけれど。
そして、パリでも、不思議な出会いはずっと続いたのだった。
* * *
リサイタル《死の舞踏》の準備期間中は、小池氏の著作をしみじみと傍らに置き過ごしたものだった。
そして導かれるように、ピサへ。
かつてF.リストも観たという、カンポサント(共同墓地)の壁画「死の勝利」と向き合うために。
白髪をなびかせ、大鎌を振り上げて生者を狩る死神。
その猛々しくも美しい姿に、私はリスト自身の姿をみた。
(おそらく、リストも、自分の姿を重ねただろう)
* * *
この度パリに行くまで、リサイタル《死の舞踏》と《カテドラル》を、私は対になる作品だと思っていた。
宗教社会学でいうところの「左と右の聖なるもの」、不浄で不吉な聖性が左極、清純で吉なる聖性が右極。
これを、とても平板に考えていたのだ。
今、それは豊かに混ざり合った存在として私の胸にある。
ロダン美術館。大理石の肌には、触れずとも確かな熱があった。
大聖堂のステンドグラスは、世紀を超えて太陽とともに生き、燃える。
そして、ルーブルという大海。
芸術をふくむ地球のすべては歴史であり、歴史はこの星のかたちと同じに丸い。その実感。
これまで、歴史を帯のように感じていた私に、この意識変化はなかなかに大きなものだ。
* * *
微熱のまま旅の思い出を語る私に、じっと聞いていた友は言った。
「祝福された旅だったのね。」
美しい彼女の眼が、一層うつくしく輝いていた。
ありがとう。
あなたの言葉で、またそれは祝福されました。
* * *
これを弾くということ。
自身でカテドラルを築くなど、いったい、私にできるのだろうか。
帰国の日シャルル・ド・ゴール空港へ向かうRERのなかから、ずっとその重さを抱え続けている。
posted by K10 at 00:58| カテドラル
2009年06月25日
彫刻
掘り出された(えりだされた)塊、魂。
鋳込まれた塊、魂。
今は彫刻で、心が8割方いっぱいになっている。
(あとの2割はオフィーリア)
ロダンを追いかけて、安曇野に行った。
かつて、ロダンを追った男たちに会いに。
* * * * *
☆碌山美術館 http://www.rokuzan.jp/

何よりもまず、美術館全体に流れる素晴らしい空気、気配のこと。
守衛(碌山の本名。私には、こちらの方がしっくりくる)を愛する人々の優しさが、この美術館を守っている。
荻原守衛の「女」。写真や図録で見るときに感じる「幼さ」を、実際に出会って確かめたかったのだ。
10年前、パリのロダン美術館で出会ったカミーユ・クローデルの彫刻の、ブロンズの指先からこぼれるような「幼さ」に打たれて、ぼうっと立ちすくんだ記憶。
おさなさ。
今はこうとしか言えない、己の言葉と思考の貧困さを嘆きつつ。
私にとってとても大切な感覚。そして、鎖でもある。
守衛の「女」は、天を仰ぎ続ける。
「女」は、想いを寄せた人妻「相馬良」を象った、守衛自身。
それはやはり幼くて、これからも、永遠に幼いまま。

美術作品をみた後の網膜は、少なからずその影響を受けている。
その影響下でみる世界が好き。
ベンチの向こうの、桜の樹。根方はひとつなのだ。
雨の中、抱き合う恋人たちに見えた。
* * * * *
☆豊科近代美術館 http://www.h6.dion.ne.jp/~art-toyo/top/

朝あんなに降っていた雨は夢のようにあがって、初夏の日差し。
高田博厚に会いにゆく。
その彫刻の前に立ったとたん、舞い降りてきた記憶。
数年前、実家の屋根裏に入った時(何か探し物でもしていたのか)、柔らかな生成りに薄紙のかぶせられた本が眠っていた。
『高田博厚著作集』全4巻、母の本だ。
すぐに読む気にはならなかったが、いつか必ず開く日がくるように感じたので、音楽室に置きたいと頼んだら快く許してくれた。
あの、本だ。あの、人だ。
すっかり、忘れていた。今の今、つながった。
子供の頃、母の本棚にこの4冊がおさめられていた景色を思い出した。
母の本棚は私にとり、うっとりと見上げる美しい扉だった。

彫刻作品に、手を触れてはいけない。
それに耐えるのは、なかなかに辛い。
が、手で触れずとも、ヴォリュームの不思議な圧を肌で感じる、そのなかを泳ぐように歩きまわる午後。
音楽の「形態」を思っている。ロダンは神だ。
神の雷光に直接打たれた守衛やカミーユ。その少し先に、高田はいる。
情動。思索。
それらが、形をなすということ。
だれが風をみたでせう
ぼくもあなたもみやしない
ふとクリスティーナ・ロセッティの詩が浮かんだ。
* * *
(追記)
旅ブログ『気球にのって』更新しました。
鋳込まれた塊、魂。
今は彫刻で、心が8割方いっぱいになっている。
(あとの2割はオフィーリア)
ロダンを追いかけて、安曇野に行った。
かつて、ロダンを追った男たちに会いに。
* * * * *
☆碌山美術館 http://www.rokuzan.jp/
何よりもまず、美術館全体に流れる素晴らしい空気、気配のこと。
守衛(碌山の本名。私には、こちらの方がしっくりくる)を愛する人々の優しさが、この美術館を守っている。
荻原守衛の「女」。写真や図録で見るときに感じる「幼さ」を、実際に出会って確かめたかったのだ。
10年前、パリのロダン美術館で出会ったカミーユ・クローデルの彫刻の、ブロンズの指先からこぼれるような「幼さ」に打たれて、ぼうっと立ちすくんだ記憶。
おさなさ。
今はこうとしか言えない、己の言葉と思考の貧困さを嘆きつつ。
私にとってとても大切な感覚。そして、鎖でもある。
守衛の「女」は、天を仰ぎ続ける。
「女」は、想いを寄せた人妻「相馬良」を象った、守衛自身。
それはやはり幼くて、これからも、永遠に幼いまま。
美術作品をみた後の網膜は、少なからずその影響を受けている。
その影響下でみる世界が好き。
ベンチの向こうの、桜の樹。根方はひとつなのだ。
雨の中、抱き合う恋人たちに見えた。
* * * * *
☆豊科近代美術館 http://www.h6.dion.ne.jp/~art-toyo/top/
朝あんなに降っていた雨は夢のようにあがって、初夏の日差し。
高田博厚に会いにゆく。
その彫刻の前に立ったとたん、舞い降りてきた記憶。
数年前、実家の屋根裏に入った時(何か探し物でもしていたのか)、柔らかな生成りに薄紙のかぶせられた本が眠っていた。
『高田博厚著作集』全4巻、母の本だ。
すぐに読む気にはならなかったが、いつか必ず開く日がくるように感じたので、音楽室に置きたいと頼んだら快く許してくれた。
あの、本だ。あの、人だ。
すっかり、忘れていた。今の今、つながった。
子供の頃、母の本棚にこの4冊がおさめられていた景色を思い出した。
母の本棚は私にとり、うっとりと見上げる美しい扉だった。
彫刻作品に、手を触れてはいけない。
それに耐えるのは、なかなかに辛い。
が、手で触れずとも、ヴォリュームの不思議な圧を肌で感じる、そのなかを泳ぐように歩きまわる午後。
音楽の「形態」を思っている。ロダンは神だ。
神の雷光に直接打たれた守衛やカミーユ。その少し先に、高田はいる。
情動。思索。
それらが、形をなすということ。
だれが風をみたでせう
ぼくもあなたもみやしない
ふとクリスティーナ・ロセッティの詩が浮かんだ。
* * *
(追記)
旅ブログ『気球にのって』更新しました。
posted by K10 at 02:40| カテドラル
