HDD修理屋さんからの連絡はいまだなし。
その間に《春祭》演奏会の御礼状、その殆どをやっと書き上げて発送。
これでよかったんだと、思い至る。
ライブは、残すものじゃないんだった。
生れて消えていく様を感じて、感じていただいてナンボだった。
いつもちゃんと理解していたことだったけれど、
それが一瞬ゆらいでしまうほどに、幸せな時間だったから。
ちょっと、迷ったよな、私。
いかん、いかん。
その甘えを、身を挺して指摘してくれたHDDくん。
ありがとう。ごめんね。
秋の夜長ビデオを楽しみにしていたおばあちゃんのことだけが、
気に病むところではあるけれど。でも、大丈夫。
ライブはちゃんと見て、聴いていてくれたから。
コンサートが終ったのと、寒くなったのが一緒で、
気が緩んだか、骨の変形が少々進んでしまい、病院へ。
レントゲン写真を見ながら、こっそり未来を数えてみる。
逢瀬を約束した作曲家たち。
ちゃんと支度を整えて、約束の場所まで行かなくちゃ。
本当に、終った。
そして気づけば、優しい鎖が蜘蛛の糸のように広がっている。
繋がれることを、美しい諦めと悦びで受け入れる。
そういう鎖もあることを、知る日まで、生きてこられた。
歳とるって、わるくないね。
2007年10月31日
春祭パンク
終わった演奏会に心を残していてはいけないが、書留めておきたいこと。
*AK* the piano duo《春の祭典》視覚を彩ってくれたデザイナー M氏について。そして、名古屋公演当日のヘア・メイク Madam* Bambi 氏について。
+ + + + +
《春の祭典》初演にまつわる騒動を書物にて読み漁るうち、私の脳みそで勝手に結びついてしまったのが、1970年代のパンク・ムーブメントだった。むろんスケールは全然ちがうし、あくまで私の勝手な妄想・連想に過ぎないのだが、このリンクが私と《春祭》を密着させた。そして、この演奏会のデザインをお願いするのは、M氏以外に考えられなくなった。
M氏は、相方同様わたしと母校を共にする。私は学生時代から彼の作品が大好きで、卒業間もない頃ゆずってもらった数点の作品を、今でも大切にしている。
描かれる事象はかなり際どかったり野蛮だったりするのに、決して失われない気品は見事。そして、鬼のようにお洒落な人だ。
チラシ・ポスター制作の打合せは、毎回ゆめみたいに楽しかった。M氏が次々に展開する話題は、イメージを思ってもみない方向から膨らませる。残念ながら実現できなかった案件も多々あるが、それらも皆、育ちゆく《春祭》の養分となった。
思い描く作品へ、手加減なしで突き進めば当然障壁にぶち当る。すぐパニックを起こす私の向かい側で、怜悧で明晰な彼は全く動じず、手際の美しさは変ることがなかった。作品同様、見事だった。
チラシの配布開始と同時に、たくさんのコメントが寄せられた。パンクを下敷きにしているにも関わらず、それは幅広い年齢層に受入れられた。
ある恐ろしい審美眼を持った女性に「青山二郎を思い出したわ。」と言われた時には、心底、わが事のように嬉しく、誇らしく思った。
この演奏会に、M氏のデザインが及ぼした影響は計り知れない。「チラシに惚れて」ご来場くださったとの声も多数(そして演奏もよかったよ、とおっしゃって下さる皆様、安堵)。M氏に、心からの感謝を。
+ + + + +
名古屋公演当日。朝から緊張で胃も脳みそもイカレタまま、Madam*Bambi さんのサロンへ。思えば彼女とのお付合いも、学生時代にさかのぼる。
着用予定のドレスの写真を見せイメージを伝えたら、あとはお任せ。仕上がりは、それはそれは素敵なエレガント・モヒカンに。超、超、希望どおり。
そして仕上がりの満足もさることながら、仕事中 Bambi さんが放つクリエイティブなオーラに包まれていることが、たまらない快感だった。
美容。この思うだけで甘酸っぱさとドキドキで胸がいっぱいになる宝箱のような世界を、静かに、現実的なテクニックで作り上げていく力。演奏前に頂いた感動。
Madam* Bambi さんにも、心からの感謝を。
+ + + + +
音楽も、美術も、文学も。すべては同じ泉からあふれ出る。
こうした出合いと時間こそ、何よりの宝物なのだ。
*AK* the piano duo《春の祭典》視覚を彩ってくれたデザイナー M氏について。そして、名古屋公演当日のヘア・メイク Madam* Bambi 氏について。
+ + + + +
《春の祭典》初演にまつわる騒動を書物にて読み漁るうち、私の脳みそで勝手に結びついてしまったのが、1970年代のパンク・ムーブメントだった。むろんスケールは全然ちがうし、あくまで私の勝手な妄想・連想に過ぎないのだが、このリンクが私と《春祭》を密着させた。そして、この演奏会のデザインをお願いするのは、M氏以外に考えられなくなった。
M氏は、相方同様わたしと母校を共にする。私は学生時代から彼の作品が大好きで、卒業間もない頃ゆずってもらった数点の作品を、今でも大切にしている。
描かれる事象はかなり際どかったり野蛮だったりするのに、決して失われない気品は見事。そして、鬼のようにお洒落な人だ。
チラシ・ポスター制作の打合せは、毎回ゆめみたいに楽しかった。M氏が次々に展開する話題は、イメージを思ってもみない方向から膨らませる。残念ながら実現できなかった案件も多々あるが、それらも皆、育ちゆく《春祭》の養分となった。
思い描く作品へ、手加減なしで突き進めば当然障壁にぶち当る。すぐパニックを起こす私の向かい側で、怜悧で明晰な彼は全く動じず、手際の美しさは変ることがなかった。作品同様、見事だった。
チラシの配布開始と同時に、たくさんのコメントが寄せられた。パンクを下敷きにしているにも関わらず、それは幅広い年齢層に受入れられた。
ある恐ろしい審美眼を持った女性に「青山二郎を思い出したわ。」と言われた時には、心底、わが事のように嬉しく、誇らしく思った。
この演奏会に、M氏のデザインが及ぼした影響は計り知れない。「チラシに惚れて」ご来場くださったとの声も多数(そして演奏もよかったよ、とおっしゃって下さる皆様、安堵)。M氏に、心からの感謝を。
+ + + + +
名古屋公演当日。朝から緊張で胃も脳みそもイカレタまま、Madam*Bambi さんのサロンへ。思えば彼女とのお付合いも、学生時代にさかのぼる。
着用予定のドレスの写真を見せイメージを伝えたら、あとはお任せ。仕上がりは、それはそれは素敵なエレガント・モヒカンに。超、超、希望どおり。
そして仕上がりの満足もさることながら、仕事中 Bambi さんが放つクリエイティブなオーラに包まれていることが、たまらない快感だった。
美容。この思うだけで甘酸っぱさとドキドキで胸がいっぱいになる宝箱のような世界を、静かに、現実的なテクニックで作り上げていく力。演奏前に頂いた感動。
Madam* Bambi さんにも、心からの感謝を。
+ + + + +
音楽も、美術も、文学も。すべては同じ泉からあふれ出る。
こうした出合いと時間こそ、何よりの宝物なのだ。
posted by K10 at 12:55| 春の祭典
2007年10月26日
濃蜜な秋(3)《春の祭典》名古屋
1AQ.jpg)
*AK* the piano duo《春の祭典》http://stairs.sakura.ne.jp/
冷たい雨が降っている。
この日は美しい秋晴れだった。《春の祭典》名古屋公演。
もうすっかり、過去のこと。
でも、私はずっと忘れないだろう。
リハーサルは波乱含み。
我侭を言うのは、勇気がいる。が、憶う音へより近付くため、相方と相談の上ピアノを変更。ピアノ椅子まで変える。事前の打合せと違う展開になっても、会館スタッフも調律師M氏も、徹底的に付合って下さった。ありがとうございました。
ピアニストにとって、素晴らしい調律師との出合いは音楽人生を左右する出来事だ。その点、私はとても幸運だった。調律師M氏には、子供の頃から多くのことを学び、心からの信頼を寄せている。この日も、2台のスタインウェイに細心最高の調律を施し、さらに開演中もずっと舞台袖にて、コンサートの進行とピアノの具合に気を配って下さった。M氏の気配を感じるだけで、私は安心した。
この場にて、あらためて御礼申し上げたい。ありがとうございました。
支えてくれた、たくさんの裏方さん達。
譜めくりのお二人には、それは恐ろしい緊張を強いるプログラムだっただろう。
皆さんの明るい笑顔に。ありがとうございました。
そして何より、お集り下さったたくさんのお客様。
親密かつ情熱的なこの日の会場の空気は、しみじみ特別なものだった。
ご来場、心より御礼申し上げます。ありがとうございました。
親愛なる、親愛なる相方。
もはや、言葉など、見つからない。
思わず歩み寄り交わした embrasser 。
ピアノ弾きであることの、幸いと悲しみに感謝したい。
本当にありがとうございました。
posted by K10 at 11:54| 春の祭典
2007年10月17日
濃蜜な秋(2)《春の祭典》東京
1.jpg)
*AK* the piano duo《春の祭典》http://stairs.sakura.ne.jp/
相方の人望による、ほぼ満席の会場。
*AK* the piano duo《春の祭典》:東京公演
ご来場くださった全てのお客様に、深く御礼申し上げます。
親愛なる相方の放つエレメンツと、私のエレメンツ。
異なる色調を持つ、2台のピアノと2人のピアノ弾きによる、音の饗宴。
当たり前だけれど、あの夜の出来事は、あの夜かぎり。
演奏会へ至る道までに、ご助力いただいた方々すべてに
あたらめて感謝いたします。
本当にありがとうございました。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
しかしなんと美しい響きを持つホール、ピアノだったろう。
それは、ピアノ弾きとして享受しうる幸いのうちでも
とびきりな幸のひとつ。
私はソロでベーゼンドルファーを、デュオでスタインウェイを、2種類のピアノを弾くことができた。
そのどちらも、離れ難くなってしまうほど素晴らしい楽器たちだった。
それぞれと交わした言葉が、まだ胸にのこっている。
(ずっと忘れないよ。そして、またいつかきっと会おうね。)
書留めておきたいことが、もうひとつ。
少々サイキックな物言いになるけれど、お許しいただきたい。
感覚をそのままに表すためのイメージと、どうか受け止めてください。
あの日、会場にとても大きな水の竜が来ていた。
その竜は、リサイタルホールをまるで守るように、くるりと体で空間を包み、静かにすわっていた。
(それはストラヴィンスキーの竜ではない。
ストラヴィンスキーの竜は、空をも制する強大な地の竜だ。)
それが竜とは思わなくても、存在と気配に気づかれていた方もみえたように思う。
「沈黙には、質があります。」終演後、そう言って微笑まれたあの方も、そのひとり。
誰の竜か、私は知っている。
そして、その人と竜に、想って浮かぶ涙を全部捧げたい。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さて。名古屋だ。
まっさらに。新しい《祭典》が待っている。
posted by K10 at 12:34| 春の祭典
2007年10月07日
count down : 6

*AK* the piano duo《春の祭典》http://stairs.sakura.ne.jp/
先週木曜日から、名古屋入りした相方との集中練習。
きりきりと、音楽を絞り込んで行く。あるいは、厳しく彫りこんでいく。
音楽は音・空気・空間と時間、どれも「形」がないから、その様は天使と格闘するのに似ているのかもしれない。
ストラヴィンスキーに近付くためには、思いきった鑿さばきが必要だ。
なに、相手はひと羽ばたきで時代を超える竜なのだから、びくびくする必要はあるまい。
だが、敬虔な気持ちを失った瞬間、全ては瓦解するだろう。
ピアノの練習時間とは、作曲家ひとりひとりと向き合う時間だと思う。
ムソルグスキーはムサくるしい。
お風呂に入りなさい、と言いたい。いつも酒臭いし。
だが、たったひとりで、音楽の神秘のなかへ突入していった。
透徹。冴え渡る世界へ、たったひとりで。
バラキレフは尊大さと小心の落差が激しい。
時々、彼の悲しみが私の心に流れ込んできて苦しくなる。
だから私は、冷静さと、なにより大きくて優しい慈しみを準備して、彼に会わなくてはならない。そしてそれは、いうほど簡単ではない。
プロコフィエフは、ごめんちょっと特別(だからまだ秘密)。
ストラヴィンスキーは竜族の男。
人間の姿をしているけれど、その本性は竜だ。
でなければどうして太古の幻影を、こうも見事に「音楽」として具現化できよう。
小さな頃から、私は竜が大好きだった。本の中にいる竜たちに、会いたくてしかたがなかった。大人になって、やっと本物の竜に会えた。生きていると、素晴らしいことがある。
ファースト・インパクトまで、あと一週間たらず。
posted by K10 at 01:08| 春の祭典
2007年10月03日
count down : 11 (そして訃報)

*AK* the piano duo《春の祭典》http://stairs.sakura.ne.jp/
昨日、友人のブログで、また、大切な思い出の人が逝ったことを知る。
さよなら、HONZIさん。
http://www.bounce.com/news/daily.php/11679
日比谷の野音にいる、私が遠い。
そして、また、遠くなる。どんどん遠くなる。
あなたの《蘇州夜曲》を耳の奥に小さく響かせて、
やっぱり今日はもう寝ます。
どのさよならも、重い。
そして、このさよならは、今の私にとって、ことのほか重い。
でも。
音楽の命へ向かう扉は、ピアノにある。
きっとむこうにHONZIさんも、そして、彼も、皆もいるから。
posted by K10 at 00:03| 春の祭典
2007年09月30日
count down : 13

*AK* the piano duo《春の祭典》http://stairs.sakura.ne.jp/
親愛なる師に、私たちの《ハルサイ》を聴いて頂いた。
非常に整理された指摘。
温かな師の心をもっとも身近く感じる、幸いの時。
レッスンのたび、感動と悔しさが一緒くたに沸き上がる。
また楽譜を睨む。
今、たった今の今からできる、最善のことを。
posted by K10 at 20:40| 春の祭典
2007年09月24日
血潮の熱
*AK* the piano duo《春の祭典》http://stairs.sakura.ne.jp/
やっとこさっとこ、プログラムノートを書き終える。
書きながら、資料を読み出しそのまま気づくと
あれ、今なん時?
がさついた白黒写真に心奪われて
ふわふわ妄想に漂っていたら1時間くらい
さっさと過ぎていたりする。
こんなところまで、寄り道人生。
限がないので、最後はもう「飛んでけ!」と
送信ボタンを押した。
それにしても、この演奏会に登場する作曲家たちの
なんという生き様。血潮の熱に、圧倒される。
ロシア語の響きも解さぬ私だが、彼らの命を文字で追ううち
かの地の持つ途方もない力と、轟き渡る咆哮を聞いた気がした。
相方は、ロシアでの留学経験を持つ。
大河が、全部氷になる、と教えてくれた。
ああ、それはいったい、どんなだ?
ヴォルガの河岸、凍てつく大気のただ中に立つ、彼女の姿。
古びたウールの外套から、ウォッカと葉巻の匂いがした。
現れる男たち、みなが愛おしい。
ちなみに、プログラムノートのデザインもM氏による。
ちょっと、ご無理お願いしております乞うご期待。
だって彼の作風、評判良いのだもの。
posted by K10 at 17:25| 春の祭典
2007年09月22日
Bellissima
コンサートまで、刻々とカウントが進む。
*AK* the piano duo《春の祭典》http://stairs.sakura.ne.jp/
最初の爆発まで、あと20日あまり。
一昨日から3日間、相方との集中練習に籠る。
テンションがあがりすぎて、休憩のタイミングをことごとくはずした。
楽譜を読込んできた相方の、的確な指摘とひらめきを刻み込む。
細かな作業が続く。
今、たった今の今から、できる最善のことを。
体はへとへとに疲れてるのに、夜はあまり眠れなかった。
ところで3日間、相方の音に耳を傾けていて浮かんだ言葉が、
" Bellissima " だった。
彼女の音楽は、美人だ。
つまらなく整った2枚目ではない。
もっと強くて激しい、美人の音楽だ。
さあ、どうする。
私のなかの「祭典」が、いきり立つ。
自然に、笑いがこみあげてくる。
太古、笑いは神へ捧げられた。
熱田の杜では、今もその祭祀が伝えられているという。
今、たった今の今から、できる最善のことを。
posted by K10 at 00:01| 春の祭典
2007年09月09日
破壊的音響2(memo)
公式サイト: http://stairs.sakura.ne.jp/
破壊的音響に対する、人の普遍的嗜好。
そこからストラヴィンスキーの「音楽」までの距離は、とても近いが果てしなく遠い。
《春の祭典》初演を聴いたドビュッシーは、
「彼は、おが屑で音楽をつくろうとしている」と言った。
それまで「音楽にはなりえない」と思われていたもので、彼は「音楽」を生み出した。途方もない錬金術。
…魔術師め。
ストラヴィンスキーの、子供時代の思い出にある光景と音に、彼に近づくヒントのひとつがあることは確か。
だが、彼の「音楽」は、もっと冷徹だ。
「強靭で無機質な何か」でできた、鱗につつまれている。
ああ。竜だ。
鋼の剣も徹らぬ、この世で最も冷たく堅牢な、美しい鱗で覆われた竜。鱗の下には、溶岩のような血液と肉。
翼は強靭。ひとはばたきで、時代を超える。
* * * * *
「・・・指揮者のアンセルメはすでにあげた美学的大著『人間の意識における音楽の基礎』のなかで、ストラヴィンスキーのリズムは「飛ぶ鳥とか踊る人形とかのもつ客体的なリズムを音楽に利用したもの」であって、それがどんなに魅力的なイメージにむすびついているとしても、「我々の本来の音楽的行為に内在する倫理的な感動の可能性」は奪われているといって批判する。その音楽はヨーロッパ音楽の本質的な特徴としての「発展」による構成物とはちがった「静的モンタージュ」であり、「いわば、無線通信のモールス符号的な細工」であって、それがいかに「斬新な企画」であっても、伝統的なヨーロッパの倫理観のなかにいるアンセルメにはゆるすことのできないものである。」
『「辺境」の音楽』より
* * * * *
アンセルメとは、ストラヴィンスキーの作品を多く初演した指揮者です。はじめはストラヴィンスキーの擁護者、同志であったが、後に批判者となった人。
「強靭で無機質な何か」の、「何か」が問題だ。
私の胸で(頭ではない)、ギザギザのガラスの塊が光るようにそれが見えかけているのだけど、ギザギザのガラスなだけに、危なくて近づけない。
そして、その「危なくて痛いガラスの塊」に、どうしようもなくどきどきしながら、過ごしている。
けっこう、疲れる。
posted by K10 at 03:33| 春の祭典
2007年09月08日
破壊的音響 (memo)
公式サイト: http://stairs.sakura.ne.jp/
『春の祭典』。オケ譜とピアノ譜を広げつつ、妄想に耽る悦び。
第2部「生贄の踊り」へ突入する、11の強烈な不協和音。先日より、私はここで引っかかっています。
この部分だけではないのだが。
ううむ。ジョン・ゾーンとか。ボアダムスとか。
デジタル・ハードコアまで、繋がっている何かが、匂う。
ストラヴィンスキー自伝冒頭に置かれた、幼い日に聞いた唖の樵が歌う歌と、その伴奏の話。
* * * * *
「・・・その歌は、彼が発音できるたったふたつのシラブルでできており、まったく意味をなさないが、彼は信じ難いほど巧みに、ものすごい速さでそのふたつのシラブルを交替させてうたった。彼はこの鶏の鳴き声のようなうたに次のようなやりかたで伴奏をつけた。右の手のひらを左の脇の下にぴったりつけ、素早い動作で左の腕を右の手におしつけて動かすのである。そうして彼はシャツの下で、かなり怪しげな、しかしきわめてリズミカルな音を出したが、これは歪曲にいえば、「乳母のくちづけ」というようなある種の音の連続だった。私はそれに夢中になり、家に戻って熱心に真似をはじめた。それがあまりにうまかったので、この御下品な伴奏は禁止されてしまった。」
『「辺境」の音楽 ストラヴィンスキーと武満徹』
遠山一行/著 <音楽選書72> 音楽之友社
* * * * *
小学生の頃、上記のような音を立てて喜んでいた男子がいたぞ。私は家に帰ってこっそりためしてみたけれど、結局できなかったように記憶している。
ある種破壊的・非文明的・俗悪な音響に対する嗜好というのは、人が普遍的に持つ欲求のひとつではないかしら(言うまでもないことですが、ストラヴィンスキーの音楽が俗悪という訳ではありません、もちろん)。
あの11回打ち鳴らされる地響きのような、咆哮のような、恐ろしい衝動をそのまま音に還元したような破壊的音響に、私はいつも快感を覚えて、鳥肌を立てていることを告白します。
文明のなかで「美しい」にカテゴライズされた音と、そうでない音。クラシック音楽に関わりを持ちながら私は、たぶんいつも、その境目に立とうとしている。
ちなみに今回の*AK*公演では、この部分は親愛なる相方が演奏します。彼女の研ぎ澄ました耳と感性が捉えた、彼女が選んだ音響の打ち鳴らされるなか、私は向かい合って浸りながら、次に表われる変拍子ジャンプへのエネルギーを蓄積する。
ああ、うっとり。
(逃避です。主旋律は北イタリアですから。練習練習。)
posted by K10 at 09:49| 春の祭典
2007年09月04日
キリキリマイ
*AK* the piano duo : concert 003《春の祭典》
公式サイト: http://stairs.sakura.ne.jp/
みなさまへ、コンサートご案内のお便りを発送。
200通近い封書に、ほんの一言だが添える作業は時間もかかるし、何より手が痛くなって大変(私は、使用後ノートの厚みが変わるほど筆圧が高いのです)。
大変だけれども、とても幸せな作業。封に押す判子にこだわり、似合いの切手を探す。
(そりゃあ今回はエヴァですもちろん)
ここからコンサートは始まっている、と思いたい。
* * * * *
の、前に。
19世紀末から20世紀初頭のロシアンを通奏低音に、只今の主旋律は北イタリア山間の小さな村、雪に埋もれた小さなアトリエ。女流画家の物語。
・・・というような(どんな?)、録音作品を作っています。
ソプラノ+ピアノ。来週からレコーディング開始、2度目の挑戦です。
スノードームにオルゴール。そしてキス。テレピン油の匂い。
どのような形で完成となるのか、まだ未決定なのですが、いつか良いご報告ができればいいなと思っています。
* * * * *
と、同時に。
「ロシアの春」に向け、言葉を尽くす作業。プログラムノートの執筆。書く事は好きですから、私自身は苦にはなりません。が、読んで頂く方が苦にならないよう、無い知恵と力を振り絞らなければなりません。
しかし、本たちに繰り返すヒトメボレ(「僕のなかにもいいこと書いてあるよ」、図書館の本棚は誘惑でいっぱい)、ベットの枕元はいよいよ危険な状態に。おでこに本の角が刺さってついた跡が、夜になっても取れなかった。
* * * * *
このまま秋を乗り越えられるのか、実はとても不安だったりします。間違いなく、自分史上最大の繁忙期、絶壁の日々。体力に自信がないのに、トライアスロンに挑戦しても良いのでしょうか。
でも、秋は終わるし冬は来る。夏が終わったように。
疲れて動けなくなった時は、ヴェネツィアに心を飛ばします。
冬の、ヴェネツィア。霧の、ヴェネツィア。
サン・ミケーレ島の、黒い影。
夢よ、夢。
公式サイト: http://stairs.sakura.ne.jp/
みなさまへ、コンサートご案内のお便りを発送。
200通近い封書に、ほんの一言だが添える作業は時間もかかるし、何より手が痛くなって大変(私は、使用後ノートの厚みが変わるほど筆圧が高いのです)。
大変だけれども、とても幸せな作業。封に押す判子にこだわり、似合いの切手を探す。
(そりゃあ今回はエヴァですもちろん)
ここからコンサートは始まっている、と思いたい。
* * * * *
の、前に。
19世紀末から20世紀初頭のロシアンを通奏低音に、只今の主旋律は北イタリア山間の小さな村、雪に埋もれた小さなアトリエ。女流画家の物語。
・・・というような(どんな?)、録音作品を作っています。
ソプラノ+ピアノ。来週からレコーディング開始、2度目の挑戦です。
スノードームにオルゴール。そしてキス。テレピン油の匂い。
どのような形で完成となるのか、まだ未決定なのですが、いつか良いご報告ができればいいなと思っています。
* * * * *
と、同時に。
「ロシアの春」に向け、言葉を尽くす作業。プログラムノートの執筆。書く事は好きですから、私自身は苦にはなりません。が、読んで頂く方が苦にならないよう、無い知恵と力を振り絞らなければなりません。
しかし、本たちに繰り返すヒトメボレ(「僕のなかにもいいこと書いてあるよ」、図書館の本棚は誘惑でいっぱい)、ベットの枕元はいよいよ危険な状態に。おでこに本の角が刺さってついた跡が、夜になっても取れなかった。
* * * * *
このまま秋を乗り越えられるのか、実はとても不安だったりします。間違いなく、自分史上最大の繁忙期、絶壁の日々。体力に自信がないのに、トライアスロンに挑戦しても良いのでしょうか。
でも、秋は終わるし冬は来る。夏が終わったように。
疲れて動けなくなった時は、ヴェネツィアに心を飛ばします。
冬の、ヴェネツィア。霧の、ヴェネツィア。
サン・ミケーレ島の、黒い影。
夢よ、夢。
posted by K10 at 23:23| 春の祭典
2007年08月30日
春の祭典(はじまり)

ピアノ2台編曲版による作品の演奏が決まった瞬間から、私は「ハルサイ(春祭)」に取り憑かれてしまった。
なにか新しいナニカ。誕生を待つ「アタラシキモノ」。
イメージはふくれあがり、連想の暴走が、止まらない。
ストラヴィンスキー自身、この作品を手がける間、ある種のトランス状態にあったと思われます。
「・・・『春の祭典』の構想が生まれたときの気持ちは上品にも語られずじまいである。おそらくそれは、言葉にもならないようなものであったのだろう。」
「・・・私は、春のリズムの秘儀のなかに深く入り込んでしまったようです。音楽家ならばそれが感じられるように思われます。(レーリヒ宛の1912年3月の書簡)」
「・・・『春の祭典』では、どのようなシステムにも従わなかった。…自分の耳だけが頼りであった。私はよく聴き、そしてまさに聞こえてきたものを書いたのである。私は容れ物であり、そこを『春の祭典』が通り抜けていったのである(アンドレ・リムスキー=コルサコフ宛の書簡)」
『ストラヴィンスキー』ヴォルフガング・デームリング著:音楽之友社 より
私は、2007年に立って、耳をすます。
*AK* the piano duo : concert 003《春の祭典》公式サイト
http://stairs.sakura.ne.jp/
posted by K10 at 22:13| 春の祭典
