2012年05月06日

ゴシックの原点

『オトラント城』
ホレス・ウォルポール 千葉康樹 訳
英国十八世紀文学叢書4 研究社

book_30517.jpg

やっと読めました…!

堪能。


以下にご覧にいれる物語は、英国北部に古くから続くカトリック教徒の家の書庫で見つかったものである。この物語は一五二九年、ナポリにおいてゴシック体の活字で印刷されたのだが…



回りくどい(若干言い訳じみた)物語の導入。
人物描写の単純さ、甘さ、展開の強引さ。
幕引きの唐突さ、不自然さ。
上等な小説でないことは確かだが、そもそも上等である必要などないのだ。

そしてこの感覚こそ、ロマン派の根幹であると私は信じています。


ウォルポールの生涯をかけた夢「ストロベリー・ヒル」
(ああ、もうこの命名からしてたまらないったら)。
張りぼてでぶくぶくと増殖するゴシックの館。
建築において“ゴシック的なるもの”を表現し続けた彼の、小説はまた夢のひとひらであったのか。


ところで我がフランス語の師は、バロック時代の演劇がご専門だが、ウォルポールの愛人(であったかもしれない)盲目の女性に興味をもたれていた。
ウォルポールよりだいぶ年上のその女性について、わずかだが書かれているらしき本を発見、即注文。
(…いったい私は書籍代をどう支払っていくつもりなのだろう…)

* * *

連休の読書はロマン派三昧。
またあらためて。

* * *

p.s. 超久しぶりに DRESS ROOM 更新。なんと3年経っていました…。







posted by K10 at 23:48| 本棚

2011年04月21日

『ゴシックとは何か−大聖堂の精神史−』

hyoushi-gothic.jpg

著:酒井 健 ちくま学芸文庫


おびただしい柱列、過剰なまでの突起や彫刻、秩序や比例を超える高みをめざしたゴシック建築。アミアン、ケルン、シャルトルなどヨーロッパの多くの都市に今も残るこれらの教会の異様な建築様式はなぜ生まれたのか。聖堂内部は大自然のイメージで彩られ、故郷を追われた異教徒である農民たちの信仰心をキリスト教化するのに役立つ一方、その昇高性や過剰な装飾性は国王や司教たちの権威の格好の象徴となった。ゴシック様式を論じるにとどまらず、誕生から受難そして復活にいたるまでを、歴史・社会・文化的な深みに降り立ち、十全に解き明かしたサントリー学芸賞受賞の意欲作。ゴシック復活としてのガウディ論を追補した決定版。


* * *

パリ、そしてランスの大聖堂を前に、身を切る風のなか
情けない顔して立ちすくんでいた私の鞄のポケットには、
この本があった。

気づけば、1年以上が過ぎていた。
フランスでの短い旅の日々を、ずいぶん遠く感じる。


泡立つ今日この頃の心を落ち着かせるために、再読。
もう何度読んだかわからないけれど、毎回夢中になる。

この、人間が夜見る夢そのもののような、建造物。

* *

シャルトルの大聖堂を例にとってみよう。西正面の左右二つの塔は制作年代がまるで違う。そして様式も高さも異なる。…(中略)…左の新塔の制作者ジュアン・ド・ボースは、新塔を旧塔に合わせようとはしなかった。左右の塔は明らかに不均衡である。しかしそれがゴシックなのだ。…(中略)…
ゴシック様式は歴史の流れを肯定し、それぞれの時代の表情を自らに刻ませてゆく。
(本書 P.206)


200px-Chartres_1.jpg


時の流れを、肯定すること。
舵を切る時に、選ばなかった何かを否定することなく進みたいと思う。

仰ぎ見たあの燃えあがるような石の森は、歴史の姿そのものだ。
過去を見つめることは、現在から目を逸らすことではない。
「情報」ではなく、私は「知恵」に出会いたい。

怠けて棚上げにしてきた探究心、もう、ちゃんと向き合わなくては。

* *


2011年。
世界を動かしている力を、なんにも知らない自分に気づいた。
何から手をつけていいのかわからないから、
とりあえず、とにかく、本を読む。









posted by K10 at 00:31| 本棚

2011年04月09日

『グランヴィル〜19世紀フランス幻想版画〜』

grandville.jpg

展覧会に行けなかったのは痛恨の極み。
全くもって、私にとっては夢のような世界だ。

19世紀の音楽へ近づくために、グランヴィルを知ることは
とても大切だと思う。

* * *

以前、リストの超絶技巧練習曲を弾いていた時、
こんな文章を書いた。

グランヴィルが、ジャック・カローと同じ生誕地で
あったと、この時は知らなかったのだが。
単なる思いつきも、あながち捨てたもんじゃない。

ちなみに、グランヴィルは1803年の生まれ。
リストとまさに同時代の、パリの空気を吸っていた。
名を知られるまでにかなりの時間を要したベルトランと違い、
著名な新聞や本の挿絵を描いていたグランヴィルの絵を、
リストも目にしていたに違いない。

ショパンだってそうだ。
彼は、知人のものまねがとてもうまかったというが、
ものまね上手には、シニカルな感覚が不可欠だ。
グランヴィルの痛烈なブラック・ユーモアを、ショパンは
どう感じたのだろうか。

grandville4.jpg


また『マガザン・ピトレスク』に掲載された版画に、
近現代音楽作品の音色を聴く人は多いだろう。

grandville3.jpg

(歴史とは、まさに混沌の壺だ)

* * *

grandville2.jpg

私のヒーローが、またひとり。
おじい様が俳優だったいうのも、たまらなく趣味です。




posted by K10 at 00:48| 本棚

2011年02月21日

Maisons d' Écrivains

sakkanoie1.jpg

『作家の家』−創作の現場を訪ねて−
文/F.プレモリ=ドルーレ 写真/E.レナード
プロローグ/M.デュラス
監訳/鹿島 茂  訳/博多かおる
西村書店

* * *

作家の家を見るということは、
作家の作品を読む以上に、
作家の本質にふれることなのだ。
            ―― 鹿島 茂

* * *

この本を私は、私の人生にとって何よりも大切な
3人から勧められた。

最初は、鹿島茂を私に教えてくれた母。
次に、建築を生業とする夫。
最後は、19世紀的美を分かち合える幼馴染の友。

しみじみ、私は幸せ者だと思う。

* * *

デュラスの家の、砂に擦れた市松の床と、荒い仕上げの壁。

この家は孤独な場所だ。ただ、通りや広場やとても古い池
に面していて、村の小学校の建物もすぐそこに見える。
池が凍ると、子どもたちがスケートをしにやってきて、
私の仕事の邪魔をする。子どもたちを、私は放っておく。
でも、ひそかに見張っている。子どもを持った女は誰でも、
勝手にはしゃぎまわる子どもたちを見張っている。子ども
はみんなそうなのだ。でも、いつも、なんと身の縮む思い
をさせられることか。これ以上恐い思いはない。そして、
それはなんといとおしい思いだろう。

(本書:プロローグより)


ブリクセンのサロン。カーテンのたっぷりとしたレースが、
床を優雅に掃いている。今も、掃き続けている。

ダヌンツィオの家は、コジマ・リストの娘ダニエラ
(かのリストの孫娘!)が所有していたものだった。
そこには、かつてリストが弾いたスタインウェイが。
(それを、ダヌンツィオの恋人も弾いたのだった)

フォークナーの妻エステルのピアノ。
彼と結婚する前、別の男性との暮らしに破れた彼女が、
中国から持ち帰った品だという。
ローアン・オークへと続く背の高い並木道からも、
その音色は聞こえただろうか。

ヘッセの部屋にも、ピアノがあった。
その上に、雑然と乗せられ拡げられた本、書類。
小さな彫刻。

その他、ここに現された作家の家は、次の通り


☆プロローグ:マルグリット・デュラス
1:カーレン・ブリクセン
2:ジャン・コクトー
3:ガブリエーレ・ダヌンツィオ
4:カルロ・ドッシ
5:ロレンス・ダレル
6:ウィリアム・フォークナー
7:ジャン・ジオノ
8:クヌット・ハムスン
9:アーネスト・ヘミングウェイ
10:ヘルマン・ヘッセ
11:セルマ・ラーゲルレーヴ
12:ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサ
13:ピエール・ロティ
14:アルベルト・モラヴィア
15:ヴィタ・サクヴィル=ウェスト
16:ディラン・トーマス
17:マーク・トウェイン
18:ヴァージニア・ウルフ
19:ウィリアム・バトラー・イェイツ
20:マルグリット・ユルスナール

* * *

写真から、空気が立ちのぼってくる。
どのような安らぎも、どうしても厳しい。
引力に逆らい高みを目指すこと、以外に選択肢のない
彼らの人生は、もはや止まって見えるほどのスピード、
輪郭が溶けてなくなるほどの圧と、
凍りつくほどの、熱。

どのような装いも、どのような憩いも、すべて。

…それとも、私に、そう見えるだけなのかしら。
どうあれ、どの部屋にもうっとりとしながら、
実際に訪れるような気持ちで、頁をめくる。

* * *

私の部屋。
それは、どんな姿になるのだろう。






posted by K10 at 00:22| 本棚

2011年01月08日

『誰でもない王女さま』

doyle03.jpg

妖精の国のとなりの国王と王妃はとても裕福で、お互いに愛しあっていました。
でもたったひとつ、二人を悲しませていることがありました。それは二人がこの世を去った後、王位を継ぐ王子や王女がいないことでした。

「王さま、美しい赤ちゃんを授かるようにしてさしあげますから、そのかわり、私のお願いを聞いてください」
ドワーフは、もう一度言いました。
「お前が望むものを、なんでもあたえよう」
「では、私にニエンテをあたえてくださると約束してください」
「もちろんだ!」と、王は言いました(王はそのとき、ニエンテとはどういう意味が知らなかったのです)。

著:アンドリュー・ラング 挿絵:リチャード・ドイル
訳:安岡みゆき
発行:レベル 書店発売:ビレッジプレス

※ドワーフとは妖精のことですよ。


王さまが留守の間に生まれた、それはそれは可愛らしい王女様は、「陛下がお戻りになるまで名前をつけない方がよい」との理由で、「ニエンテ(イタリア語で“誰でもない”の意味)」と呼ばれましたから、さあ大変!

水の精の女王の助けで、キノコの国に隠された王女さま。
彼女を探しに、コミカル王子は勇んででかけます。

* * *

挿絵を描いたリチャード・ドイルは、シャーロック・ホームズを生みだした作家アーサー・コナン・ドイルの叔父にあたります。
ちなみにリチャードのお父さんも画家でしたし、弟チャールズも、兄ほど成功はしませんでしたが妖精の絵を描いておりました(チャールズの息子が、コナン・ドイルです)。

後年、コナン・ドイルは「妖精を撮った写真」に入れ込み、ちょっとした騒動に巻き込まれますが、彼の血筋がそうさせたのかもしれません。

* * *

1870年に出版された" In Fairyland - A Series of Pictures from the Elf World " 。ウィリアム・アリンガムの妖精詩に、リチャード・ドイルが挿絵を描いた豪華な本です。
これに感銘を受けた、詩人・民俗学者のアンドリュー・ラングが、自分の物語に合わせて、この本の絵を自由に並べ替え作ったのが、『誰でもない王女さま』でした。

つまり、絵の方が先にあって、物語は絵から編み出されたということ。
この大らかさ、ファンタジーを、心から愛おしく思います。

(ここを掘り下げて行くと、「標題音楽とは」「ロマン派とは」
 という問いに突き当たる。
 何が何やらわからないながら、「これでいいのです!」という
 バカボンのパパ的答えが、ずっと心にあるのですが。
 至る論が、いつまでたっても組み立てられない、ううむ。)
 

子供の頃、楽譜や耳にした音楽に、様々な物語を空想し当て嵌めて、思い描きながら弾くことが、私は好きでした。

今だって、そうです。


posted by K10 at 23:19| 本棚

2009年09月17日

GATE 1

例年、9月はなんだかまだ、夏の気持ちで過ごしていた気がする。
今年の夏は、本当に短かったのだ。
新学期のはじまり、着る物に困った。

* * * * *

『彫刻家 創造への出発』 著/飯田善國 岩波新書

彫刻家は世界をどのように認識し作品化するのだろうか。
画家をめざしてローマに留学した著者は、そこで彫刻の魅力を発見し、彫刻家になる決意を固めた。しかし、何をどのように創ればよいのか。重くのしかかる戦争の記憶、出口の見えない迷い、ウィーンでの鬱屈した日々―。苦闘の中からついに自らの彫刻を見出すまでの魂の遍歴を語る。


* * *

ローマ、ウィーンでの日々、ヴェネツィアでの衝撃。
男は、芸術の都をさまよい続ける。
心は留まらない。留まることを、選べないのだ。

実家の本棚に偶然みつけた書で、私の、夏と秋とが結ばれた気持ち。
この読後感は、どこに繋がっていくのだろう。
大切なのは、こじつけないこと。惜しいけれど、すっかり手を放して、身の内に漂うままに任せること。

彫刻家の心を感じると、今、とても嬉しい。








posted by K10 at 06:26| 本棚

2009年08月19日

幻想の城館2

『HAUNTED REALM〜悪霊館〜』/ SIMON MARSDEN 
発行:エディシオン・トレヴィル 発売:河出書房

サイモン・マースデンの写真集。
イングランド、アイルランドに実在する、様々な呪いの云われを持つ城館の写真集。

写真家自身、幽霊が出没する古い2つの館で育ったという。
ボストン夫人『グリーン・ノウの子どもたち』を読んでから、あの世界への憧れがすべての原動力となっている私には、

なんという、なんといううらやましい境遇!!!


そういえば私もロンドンにいた頃、ハイゲート・セメタリーで、フィルムに何本も写真を撮ったのだった。
小さな私のメメント・モリ。

白黒写真、闇をはしる傷のような、木々の梢が愛おしい。

(ゴシックでオカルトな世界を少しだけお読みになりたい方は、続きをどうぞ)
続きを読む
posted by K10 at 02:01| 本棚

2009年06月04日

なごみます。

『きょうの猫村さん』
ほしよりこ/著 マガジンハウス


今更ですけれど。

もう数年前になるかしら、友人たちの間でとても評判になっていた
猫村さん。


ああ、なごみます……。

猫村さん、素敵。

http://www.nekomura.jp/
こちらで日々更新される猫村さんに会えますが、
バックナンバーも読めますが、

…本で、欲しい。

枕元に、猫村さん。
今日のリラックスと、明日の元気の元。

今更ですが、猫村さんLOVEなワタクシです。
posted by K10 at 00:55| 本棚

2009年05月08日

連休に(1)

『幻影の城館』 マルセル・ブリヨン/著 村上光彦/訳・解説

この連休、まるで頬ずりをするように、再読、耽読。


…禁じられた領域に参入する手段はただひとつ。
その戸口を探さないことだ。(p.151)



音楽にまつわる様々な描写には、何もかも忘れて溺れることにした。
幻想文学にこそ、全ての理想が宿るのだから。


…ところが、ひとたび演奏を始めると、夜のありったけの美しさ、星々のありったけの優美が彼の内面に降りてきた。

…時は止まり、空間は魔法にかかった林苑の境界まで後退し、花咲いた大地に流星雨が降り注いだ。

…彼の苦渋に満ちて悲痛だった顔から皺が消えていった。木々は安定した大気のなかを丈高く伸びていった。すべての物が空へと昇ってゆき、あの乳となって流れる星のなかに紛れようと渇望し、それぞれの逃走と達成とを探し求めるのだった。フルートはそれらの行く手に道を示そうと、空に数々の記号を書きつけ、もろもろの星座の胸に新しい光を懸けるのだった。(P.179)



しかし。
そろそろ、とにかく、私は指を動かさなければ。


さあ、きつい目をして、生を見なくてはならない。
(p.283)



指関節の具合があまりよろしくないのは、ひとえに練習不足。
明日から、弾いて直す。
posted by K10 at 02:23| 本棚

2009年03月06日

差しのべる指

『詩人たちの回廊〜日記・書簡・回想集』
前川道介+平田達治+渡辺洋子+鈴木潔=編
ドイツ・ロマン派全集 第19巻 国書刊行会


手紙を書くときは、心のなかで、手を差しのべているものだ。
ペンを持つ指とは違う、心のなかの指先が、その誰かにむかってそっと緊張している。

200年前の詩人たちが取り交わした手紙に、どうしてこうもかき乱されるのだろう。

差しのべる、指。
指先が、かの存在に触れることなどまずないのだ。
それでも、私は手を下さない。

時の壁のむこうに憧れるとき、私は私のまんなかにいる。






















posted by K10 at 01:12| 本棚

2009年02月20日

鬼火

『月下の幻視者―ドイツ・ロマン派短編
前川道介/編 国書刊行会 ドイツ・ロマン派全集第8巻

それはもう、タイトルからして素通りはできません。

『超絶技巧練習曲』第5番「鬼火」において、リストのイメージにあったのはまさに、ここに現れるこいつらだったのだ。
ゲーテの『メールヘン』、コンテッサの『別れの宴』など。
粗野でハチャメチャ、落ち着きなく飛び交い、体をゆすると金貨・銀貨がバラバラと降り落ちる。
その跳躍のリズムったら !!
とんでもないいたずら者だけれど、実はいいヤツだったりする。

練習曲の「鬼火」、日本の「ヒトダマ」のイメージからか、妙に湿度の高い雰囲気に作りがちだったワタクシ。
ちなみに留学中に放り出したこの曲、10年ぶりに再挑戦中。

ジャン・パウルの小品は、まさに麻薬的。
代表作のひとつ『生意気ざかり』を読んだ時には、その長ったらしさ(失礼)に少々くたびれてしまい、めくるめく感覚をうまく捉えられなかった。
でも、ここに集められた「夢の詩」の純度は強烈。
読書中、映像とイメージが脳髄から勝手に溢れだしてくる。
なんたる、GOTH !!!!
シューマンが愛読していた作家ですが、納得。

夭折ヴァッケンローダーの清らかなメルヒェンに感じ入り、ボナヴェントゥーラの謎とファンタジーに遊ぶ。
ロマン派の根に触れる思いで、心躍ります。

全集、欲しいなあ。





posted by K10 at 23:58| 本棚

2009年01月16日

絵物語

時間がたつのが早くてあっけにとられる。
一週間が、瞬きひとつ。

ベットに入ってから、好きな本をめくる。
これにまさる鎮静剤はない。
最近枕元には、ドレによる挿絵の絵物語が2冊と、
子どものころ一番好きだった絵本が1冊。


★ 絵で読む ダンテ「神曲」地獄篇
ドレ画/平沢彌一郎 編訳 論創社

「神曲」地獄篇のみを、小学生にむけて28章にまとめ、編んだ本。1ページ毎に挿図があって、一足一足、歩を進めていくような感覚を味わえる。


★ ドン・キホーテ物語
セルバンテス/窪田般彌 訳 沖積舎

 本書はラ・フォンテーヌの『寓話』と同じように、十九世紀フランスの挿絵画家ギュスターブ・ドレの百二十枚の挿図をもって構成し、それに解説文をそえた絵物語『ドン・キホーテ』である。
(あとがきより)

人間の情動が縦横無尽に飛び交う、なんと不思議な物語。昨年秋、バレエ作品を観たのをきっかけに手にした本。


★ ハメルンの笛吹き
ロバート・ブラウニング 詩/矢川澄子 訳/ケート・グリーナウェイ 絵 
文化出版局

K.グリーナウェイの絵に、うっとりと、いつまでも本を開いていた。うたうような、でも独り言のような、矢川氏の訳も美しい。
posted by K10 at 00:57| 本棚

2008年04月06日

塩野七生:ルネサンス歴史絵巻3部作

映画と読書に過ごした、久しぶり休日らしい休日。

これはゆったりと時間を作って読もうと取っておいた
塩野七生氏の著作、ルネサンス歴史絵巻3部作を読む。

(子供のおやつみたいですが。
 おやつでも、もうもうとびっきりの。)

『緋色のヴェネツィア〜聖マルコ殺人事件〜
『銀色のフィレンツェ〜メディチ家殺人事件〜
『黄金のローマ〜法王庁殺人事件〜

(いずれも朝日文庫)

もう少しゆっくり読もうと思っていたのに、あっという間に引き込まれて一気読み。
読み終わって、なんだか残念な気持ちになってしまうほどでした。
もちろん、何度だって読み返せるけれど。
初めての快感は、やっぱり一度きりだもの。

ティツィアーノ、ボッチチェリ、ダンテ、ミケランジェロ。
名を連ねるだけでうっとりするような芸術家たちが、史実に織り込まれ美しいビーズ(ダイヤモンドやエメラルド、ルビーでできた)のように煌めく。

右の手首には、思うように会えない忙しさを詫びてピエール・ルイジから贈られてきた、銀の細工にサファイアが並ぶ腕輪がはめられていた。
『黄金のローマ』P.174


ティツィアーノ作〈ウルビーノのヴィーナス〉の夢のような裸体を飾るのは、金糸のような髪としずく真珠のイヤリング、下腹部を隠す左手小指の指輪と、バラを掴む右手首の腕輪。
指輪と腕輪には、サファイアが使われているように見える。
しかし、ヴィーナスの腕輪は、おそらく金細工。小説の中で、この時ピエール・ルイジ・ファルネーゼが贈った腕輪とは違う。
でも、サファイアの嵌まった宝飾品はみな、ピエールがオリンピアに贈ったものではないだろうか。
彼女の、丈なす金糸の髪に、よく映える宝石を。
・・・などと、想像しながら読みすすむ快楽。

何より、塩野氏の想像力にすっかり身を任せること。
読者の立場とは、実に実に甘やかだ。
そして、味わい尽くすこと。



追伸:

「恋愛は、想像力。」
昨日みた、映画のあとのおしゃべりでの言葉。









posted by K10 at 23:03| 本棚

2008年03月20日

DEMONS

天使よりも、悪魔の姿の方が、きっと人には美しく映る。


『悪魔の姿ー絵画・彫刻で知る堕天使の物語』
【著】ローラ・ウォード/ウィル・スティーズ
【訳】小林純子   新紀元社


様々な〈禁断の果実とアダムとイブ〉、〈聖アントニウスの誘惑〉。イギリスの魔術書の挿絵から、ペルシアの星座図、ボス、ゴヤ、ドレ、ハンス・メムリンク、ラファエッロ、などなど。

ブレイクの描くイブの、なんとなんと可愛らしいことよ。
1520年頃描かれたイブを誘惑する蛇の、なんと悩ましい面立ちよ。


天使の方が好きな方には。
お対で『天使の姿ー絵画・彫刻で知る天使の物語』
もあります。
posted by K10 at 23:42| 本棚

2008年02月07日

『鴎外の子供たち』

森、ブームです。

パッパこと森父君(鴎外)の短編『魔睡』にうっとりしてから、
末っ子ボンチコ(三男:類)の本を読む。

『鴎外の子供たちーあとに残されたものの記録』
森 類:著 ちくま文庫

なんだろう、この独特の空気。
異様な精度で記憶された物事が綴られている。のに、
それは磨りガラスを通って入る光みたいに
(ああ、あるいはアトリエの北窓)、ふわっとしている。
時間の流れも、軸が微妙にずれている。

(学校が卒業できないほど、勉強ができなかったという類。
 こんなに書けてすごいじゃん、とつぶやいたら、
 「つまり編集者がすごかったのよ」と現実的な意見。
 そうなのか。それもありなのか。)


〈・・・杏奴は自分が一番純粋に親思いだと思いこんでいる
 らしかった。
 「パッパは一番あたしをかわいがっていたし、あたしが一番
  パッパを思っていたの。お母さんも一番あたしをかわいが
  っているし、あたしが一番お母さんを思っているの」
              (「母の死をめぐって」より)〉


兄妹たち、皆それぞれ、こう思っていたのだよなあ。

森林をめぐる散策は楽しい。
光は強く、芳しく、暗がりは果てしない。
その散歩は、まだまだ始まったばかりだということが、
またとても嬉しいのでした。


posted by K10 at 02:40| 本棚

2008年01月27日

『ザ・鴎外』

森鴎外全小説全一冊。とんでもない本です。
夜毎、少しずつ読んでいきます。

賛否両論あるでしょうが、私はこの装丁好みです。
藁半紙のような紙質も好き。
(字がものすごく小さいので、目には少々キツイけれど)
本のサイズは、ちょうど『AKIRA』1冊と同じくらい。

こんな入り口もあるということで
それが、私には似合いな気もする。

とにかく、まずはこの漢に会いにゆかねば。
否、会えるなどとは思っておりませんが。
「会いたい」の気持ちは、まっすぐです。

そして、色々思うは、その後だ。

(何故今森なのか。
 勘の鋭い方は、気づいてみえるかもしれません。)


『ザ・鴎外ー森鴎外全小説全一冊』第三書館


1年くらいで、読み終わるのかなあ。
posted by K10 at 23:57| 本棚

2008年01月12日

『怪奇小説傑作集5』ドイツ・ロシア編

明日の本番で弾く、ロシア小品3曲を思って。
昨夜は、ロシア編だけ読みました。

『怪奇小説傑作集5』ドイツ・ロシア編/創元推理文庫

「恐怖」の感情が浮かび上がらせる民族性は独特。
たしかに、西欧とくらべロシア文学「恐怖小説」に属する作品は、とても少ない。
しかしそれらは、キリスト教化以前より伝えられる民話、民間伝説を水底に抱きつつ、19世紀末ロシアの退廃と、馥郁とした闇を香らせている。

チェホフ、トルストイ等古典的文豪の「恐怖小説」は、彼らの「幻想」に対する思想をまるで拡大鏡で覗き込むよう。

どの作品も「樹木・植物」への情がとても印象に残りました。
「庭」への偏愛。
チェーホフ『黒衣の僧』における果樹園の、哀しいまでの美しさ。

ラフマニノフが愛した櫻の園。
連想はさざ波のようで、今日もなんだか寝不足ぎみ。

posted by K10 at 23:53| 本棚

2007年12月16日

『一角獣物語』

先日、図書館を徘徊していて出合った、種村季弘氏の著作。
探していた書物とはまるで繋がらぬものだったけれど、
つい、連れて帰る。
(その本については、また後日)

そして今日、私の本棚に楽譜を探して、同氏の『一角獣物語』が目に留まる。
あら。またお会いしましたね。
楽譜のことはすっかり忘れて再読。耽美なる幻想にひたひたと浸かる。
(言い訳:組み立てられつつあるひとつのプログラムに、
 きっときっと絡まってくる、これは魔法の糸なのよ。)


 オルフォイスに捧ぐるソネットW  R.M.リルケ

 おお これこそはあの存在しない獣。
 彼女たちはそれを知らずにいて それでもそれを
 ―あのあゆみ、身のこなし、あの頸(うなじ)を、
 おだやかな目差しの光にいたるまで―愛でていた。

 存在はしなかったのに彼女たちに愛でられたために、
 純粋な獣となったのだ。彼女たちはいつも空間
 (ゆとり)をあけていた。
 浄らかにもその空間(ゆとり)のなかで、
 あれは軽やかに首を上げた、存在する必要もなくて。
 彼女たちはその獣を穀物で養う(かう)のではなく、
 ひたすらに、それが在るという可能性を糧として養った。
 そしてそれこそが獣にその身から
 額の角を生いはやす力を授けたのだ、一本の角を。
 獣は一人の処女の許へと迫りより、
 銀の鏡のうちまた彼女のうちに存在した。

『一角獣物語』種村季弘/著 大和書房


日々すごすなかで、耳孔から侵入する音。
それらに、距離感の不在を感じて落着かなくなる。
時に耐えがたい苛立を覚えたり、がっくり締念に捕われたり。
(こうして書くことへの不安に、いつも苛まれながら。)

遠い。届かない。伝えられない。
おずおずと、切々と、彼方へ手を伸ばす。
あまり惑わされないで、それだけ続けていけたら、私は幸せだ。
そして、私のむこうのその先のことを、少しだけ考え始めている。




posted by K10 at 23:32| 本棚

2007年10月18日

『時を駆ける美術』

*AK* the piano duo《春の祭典》名古屋公演まで、あと5日。
両公演の間隔はちょうど10日。東京公演が終ってから、あっという間に半分がすぎてしまった。

気持ちが高ぶって、うまく眠れない、2007年秋の夜長。
昨夜、気楽に楽しんだ本。


『時を駆ける美術』芸術家Mの空想ギャラリー
森村泰昌/著 光文社:知恵の森文庫

「森村泰昌(プロフィール):
 名作絵画や映画女優に自らが扮するセルフポートレイト
 手法による写真作品を制作。人種、性、写真と絵画、
 西洋と非西洋などの関係を検証し、独自の視点で今日的
 解釈を加えた作品の数々は、国際的にも高い評価を受け
 ている。」(本書より抜粋)


熱烈というのではないけれど、とても好感をもって、その情報が入れば嬉しく、楽しませて頂いている、そんな美術家さん。

ひと晩で読めてしまう軽ろやかさと、誠実さから生れる充実。

よい夜になりました。


posted by K10 at 10:01| 本棚

2007年10月04日

『魔女ひとり』

実家で早朝練習中。
疲れて、コーヒーでも飲もうと階下へ。

ふと、母が買って来た絵本に目が留まる。


「まじょが ひとりで おかのうえ
 からっぽ おなべの ふたとった

 のらねこ にひき ごみすてば
 まじょに さかなの ほね あげた

 かかし さんにん わらにんぎょう
 まじょに ことりの つめ あげた

 ・・・」


こ、好みですぅ!
朝からテンション、あがるあがる。くらくら。

絵も素敵です。
魔女の持ってるトートバックが、あまりにも普通でツボ。


『魔女ひとり』
ローラ・ルーク作/S.D.シンドラー絵/金原瑞人訳
小峰書店

posted by K10 at 10:17| 本棚
Powered by さくらのブログ (C) 2008 KIO KATO All Rights Reserved